くじらのさしみ

くじらのさしみ

大学時代の先輩牛木さんから「鯨の刺身を見つけたぞ、あとで送るからな!」と連絡がはいり、ほどなくクール宅急便にてカチカチに凍った板のようなそれが届いた。
なにしろ富浦の道の駅で見つけたそうで、その興奮ぶりが伝わってくる。

もう50年も前の話になるのだろうか、大学の寮で共同生活をしていた者たちが集まると,必ず当時食べた「鯨の刺身」の話になる。
いつも腹をすかせた寮生たちは食堂のまわりをウロウロしていた、決まった定食だけでは足りないのだ。
部屋に帰り飯を炊いて、おかずがないものだから下級生が洗面器を持って近くの魚屋に鯨の刺身を仕入れにいった。
当時南氷洋から冷凍して持ち帰ったそれは、魚屋の店先でも凍ったままだった、大きな塊のまま切り分けてもらい洗面器に入れ、意気揚々とそれを持ち帰った。
生姜をすり、醤油で刺身は凍ったままほおばった、腹のすいているものにはこんな美味いものはなかった。

今は鯨を刺身で食べるのは贅沢になってしまった。
世界的にみれば鯨を食べる食文化をもつ国は少数派で、資源保護または動物愛護の問題で今は商業捕鯨は禁止されている。
日本は一貫して、科学的に資源保護が証明された範囲内での商業捕鯨は許されるべきだと主張しているが、いつも多勢に無勢でやられしまう。
日本が船団を組んで遠く南氷洋まで鯨を捕りに行ったのは昔の話になってしまった。

日本国内では4箇所の港をきめて厳しい制限のもと細々捕鯨が続けられていると聞く。
牛木先輩の見つけられたのは、千葉県和田町のものと思われる。
青年時代の「想いでの味」はいったいどんな味がするのだろうか。