ロスチャイルドのバイオリン

私がチェホフの短編「ロスチャイルドのバイオリン」を是非とも読んで見たいと思ったのは次の一文に出会ったからである。
年配者のブログが面白いと書いたことがあるが、その一例である。
わかっているのは書き手が「あきよ」さんと言う70代半ばの女性であることのみ。
短い次の文章だけで、他人にその本を購入させたのはたいしたものである。

[ チェホフの短編「ロスチャイルドのバイオリン」は古ぼけた感じの紙に水墨画、しかも稚拙と思われるような絵がついた本です。8歳から80歳までの子どものための絵本……そう表紙に書いてありました。
バイオリンが上手で、棺桶つくり職人ヤーコフの妻が死んだ場面です。
「同じ家に暮らした五十二年間は、思えば長い歳月だったが、なぜかこれらの日々、彼は一度もマルファのことを考えず、目もかけず、彼女がネコかイヌであるかのように扱い、時は過ぎ去っていった。彼女は毎日ペチカに火を起こして煮炊きをし、水を汲みに行き、薪さえ割ったのに。それから彼と一つの寝台で眠ったというのに」人は明日も明後日もあると思うから相手を大事にしない。ヤーコフの心臓の鼓動がじかに聞えてくるような、暗く哀しい読後感を持ちました。 ]

とくにギクリとしたのは「人は明日も明後日もあると思うから相手を大事にしない」のくだりであった。
その本を取り寄せてさっそく読んで見たところ、なんとも不思議な絵本であり、物語であった、恐らく今年読んだ印象の深い本の一冊になるであろう。