自画像

日本経済新聞の文芸欄になんともすざましい自画像が載っていた、顔のまわりには墨の漢字がまるで殴り書きしたように全面に書いてある、良く読み取れないが、金、栄誉、女、権力、物欲、人相、、、などの文字が踊っている。
作者は井上有一であるという、私はその人の名前も知らなければ、画家なのか書家なのかも知らない、ただあまりにもそれが強烈であったので実物を見てみたいと思った。

幸い7月27日まで東御市の梅野記念絵画館で井上有一の展覧会をやっているというのでその絵を見に出かけた。
深谷駅を朝早く出て高崎、軽井沢、ここで信濃電鉄に乗り換えて小諸そして滋野駅に着いたのは8時半前であった、駅前にはタクシーが一台とまっていたが先客がもう乗って行ってしまった、ここから絵梅野記念画館まではバスもない、もともと少しくらいのところなら歩くつもりでいたので聞いてみると、一人いた駅員が人の顔をみて気の毒そうに一時間半はかかると言った。
猛暑の深谷市に比べればここは3-4度低い感じ、親切な駅員に地図を描いてもらい、そこからほとんど登りの道をたしかに一時間半かかって目的地にたどり着いた。

会場には見た事もない巨大な墨の文字が並んでいた、これを「書」というのか、私には白紙にのたうつ墨の抽象画と見えた、そのど迫力にただただ圧倒されるのみ。
新聞でみた容貌魁偉な自画像に引き寄せられてここに来てはみたが、彼の正体はこれであった。
「書」の世界で彼がどのような評価を受けているのか私は知らないが、どう見ても異端であろう、正統派またはその権威に逆らって新しいものを生み出そうとする呻き声のようなものまでその「書」は感じとれる。

二時間ほど会場にいて、帰りはまたてくてくと下り坂を今度は楽に歩いた、自画像を見にいってその人の「書」を見て帰る変な一日であったが、大きな筆でバケツの墨を使いうんうん云いながら一生描き続けた男のことを歩きながら考えた。
腹がへったので信濃川沿いの蕎麦屋に飛び込み胡桃蕎麦を頼んだ。