補助脳

最近めったにノウハウものの本は読まないのであるが、「新知的生産術ー自分をグーグル化する方法」という広告が目にとまって買ってみた。なんでも著者は3人の子育て真っ最中の30代の女性らしい、読むにつれ最近の若い人たちの勉強の仕方がわかりとても面白かった。
新しいIT機器、ソフトを縦横に使いこなし、知的生産の質と量を高めていくその勉強の仕方には恐れ入る。
知的生産を高めるには体力の向上が不可欠と、移動にはレーサー用の自転車で走りまくるし、人対人のコミュニケーションをとても大事にしているなど、新しいタイプの知識人なのだ。

「知的生産の技術」といえば私らは岩波新書梅棹忠夫を夢中になって読み真似して、いわゆる京大カードにデータをせっせと書き込んだ世代である、勿論コンピュータは個人的には使えず、電卓すら高値の花であった。
著者の勝間和代さんの世代は中学生の頃からパソコンを使いこなしていた第一世代と自称している、つまり彼女の世代の以前と以後では学習環境ががらりと変わってしまったのだ。

気がつけば私がパソコンを使って文章を書くようになって、もうかれこれ10年近くなるだろうか、「おやじの独り言」みたいな雑文も「塵も積もれば山となる」の例えのごとく400字原稿用紙にして1000枚を超えたであろう、その間Mailでやりとりした大事なことはこの小さなパソコンに全部残っている。
著者の勝間さんによればパソコンは補助脳であるという、ある意味では人間の脳より正確に記憶しており、またそれを呼び戻してくれる、それを使わない手はない、最近ボケが進んでいる私には強力な援軍なのである。

グーグルなる強力な検索エンジンを使えば、私のパソコンの中にある10年間の記録が全文検索できると彼女がいうので早速やってみた、データが残っているかぎりあっというまにその文章を取り出してくれた、私の脳みその及ぶところではない、参った。
「老いては子に従え」と云われるとおり、この世界では若い人たちに教えてもらうしかない。