最澄

ゴールデンウィークの一日上野の国立博物館に行ってきた、「最澄と天台の国宝」を見るためである。
たしか二年前の同じころ同じ場所で「空海高野山」の展示があった、夢中で見たのを覚えている。
午前中であるにもかかわらず会場はかなり混んでいた、やはり私を含め年輩の人が多かった。

「親父は若い時から空海とか最澄などに興味をもっていたのか?」と息子の一人が聞いた。
「歳をとってからだ、それもごく最近のことだ」それを聞いて息子は安心したらしい。
そういわれて見れば興味の対象は歳とともに変わってくる。
最近はもっぱら日本文化のルーツみたいなものに惹かれる、特に日本の原始宗教が外来の仏教に触れた時、対立または習合して日本の文化になっていく様は特に興味深い。

今からおよそ1200年前、空海最澄が唐の国に渡って触れた仏教文化は当時の日本にとってどれほど衝撃的であったか推測できる。
当時唐の国に渡るのはそれこそ命がけであったに違いない、それに目的のものを習得するのに数年を要したと聞く。
それだけ苦労して手に入れたものだけに、日本の文化を変える力を持っていたのであろう。
会場には最澄直筆で手に入れた経、仏具の一覧が残されていた(国宝)。

一般の家庭であれば100年前の文章がきちっと保存されていることは稀であろう。
ところがここには1200年前の最澄直筆が墨痕鮮やかに残っている、それを見るだけで単純に感動してしまった。