ミスターホタル

私の仲間に変わった男がいる、ミスターホタルと言われるTさんだ、歳は65を越えたところであろう。
近くで女性用ドレスの縫製工場をやっていて、今は仕事を息子さんに任せている。
もう15年以上前になるであろうか、彼が平家ホタルの人工飼育を自宅で始めた、水中で幼虫を育て成虫になったところで自然に交尾をさせ、卵を取り孵化させ、また幼虫から繰り返す、一サイクルが丁度一年かかるので一日も休まず15年以上の間平家ホタルを飼い続けたことになる。

彼のホタル狂いぶりは単なる趣味の範囲を超える、一年に一回ホタルが成虫になった時を見計らって数千匹のそれを野に放つ、今は深谷市の一部になっているが旧岡部町時代からの有名行事となっていた。
彼にはその年によってホタルの羽化がピークになる時期が分かるらしい、その日を予測して計画が組まれ、それにそって彼の仲間が動き出す。

旧岡部町も彼の少年時代あちこちで自然のホタルが乱舞していたという、御多分にもれず今はほとんど見られない、正確に言えばほんの数ヶ所自然発生していると彼はいう、悲しいことだがその場所は皆に教えられない、教えると根こそぎ捕ってしまう者がいるからだ。
かってホタルが乱舞していた場所に彼は育てた平家ホタルを放し続けた、人工飼育などせず自然な環境でそれが回復できるきっかけになればとの思いが彼にあるからだ、ところが一度失ったホタルの棲める環境は簡単には取り戻せない、ほとんどが私たちの生活を快適にしている生活廃水が原因であるようだ。

先日彼を訪ねたら、「ホタルの棲める環境を取り戻すには川の水をきれいにするしかない」と言い、早速実行に移していた。
なんでも土壌中の有効微生物を培養増殖してこれを川に流し、水を浄化するのだという、「おまえも手伝え」と言うことになった。
ミスターホタルのいうことには多少怪しげな事でも聞くことにしている、結局20数名の仲間がそれに協力した、彼の熱意にはかなわない。