「関東平野の隠れキリシタン」

近頃もっぱら「関東平野隠れキリシタン」という本にはまっている、この本との出会いは先月東京四ッ谷の聖三木図書館を訪ねた時にある。
変わった本があるな、、、と手に取ると、それはずしりとしていて広辞苑の辞書ほどもあった、書架から持ち出し所定の場所でページをめくるとたちまちその内容に引き込まれてしまった。
なにしろ1700ページを超える本なので、読んでいるとたちまち図書館の閉館時間となり、その日は目次と要所のみを読むだけであった。

家に帰ってからもしやと思って近くの岡部図書館に行ってみた、有難いことに今の図書館は埼玉県中のそれとネットワークが組まれているようで、その本はすぐ取り寄せられると言う、だがこの本は貴重なものだから図書館のみで閲覧できるとのこと、勿論喜んでお願いした、しばらくはそれを読む為図書館通いが続いたが、以前「関東平野隠れキリシタン」のことをおやじの独り言に書いていた、それを読まれた深谷市在のM先輩が「それなら俺が持っている、貸してあげるよ」と言われ私はびっくりして有難く拝借してきた、と言うわけで今では自宅でゆうゆうと好きなだけ読める。

この本の著者は川島恂二と言い茨城県古河市の眼科病院の先生である、1919年生まれであるから生存されていれば90歳になられる、本業に精を出すかたわら表題の「関東平野隠れキリシタン」の研究をライフワークとされた、この分野の専門の学者の説に疑問を持ち、違う観点から実際に現地に足を運びそれを調べ上げ記録に残したものである、日本はかって230年の永きにわたってキリスト教を禁止してきた、それもキリシタン(キリスト教信者)であると分れば、あるいは濡れ衣を着せられて殺された、その記録を丹念に追っているのだが、読んでいて寒気がするほど恐ろしい話が続く。

当時キリシタンであれば死を意味したので、それに関する証拠物件はすべて処分されていてその調査研究は困難をきわめたが、その墓石に隠されたキリシタンの印を苦労して読み取り調査を重ねた、今まで隠れキリシタンと言えば九州地方のそれがクローズアップされていたが、予想以上に関東平野キリシタンが活動していたことが分ったのである。
この本を歴史の専門家たちがどう評価するのか知らないが、私にとっては貴重な一冊となった。