たまご屋爺さんの独り言 「巨人 大鵬 たまご焼き」 20220423

こんにちは 関東地方も新緑の季節を迎えました。

 

たまご屋爺さんの独り言 「巨人 大鵬 たまご焼き」 20220423

 

 

子供たちたちが好きなものとして「巨人 大鵬 たまご焼き」と云う言葉があった、今ではその言葉を覚えている仲間はだんだんと少なくなってしまったが。

これは戦後日本の高度経済成長期と云われる1960年代(昭和35年~昭和44年)の雰囲気を伝えている。

 

言うまでもなく巨人は野球の巨人軍のことであり、それも日本シリーズを9連覇した頃であり川上監督のもとに王,長嶋選手などが活躍した。

奇しくも私は長嶋選手と同年齢である、相撲で大活躍した大鵬も同時代の人だ。

 

そこでなぜ「たまご焼き」が出てくるのであろう?

戦後1950年代(昭和26年~昭和34年)卵はまだ貴重品で病人への見舞品として使われたほどであった。当時鶏は殆ど平飼い方式で飼育され卵の生産コストがかかり販売価格も高かった。

 

1960年代に入ると飼育方式の大転換が起き平飼い方式からケージバタリー方式へ90%以上変わった。

そこで何が起きたのか?日本はその経済が高度成長期で所得も上昇したがあらゆる物の物価も上がった。

そのなかで卵の値段は変わらなかった、いわゆる物価の優等生と云われる由縁である。

日本中どの家庭でも充分卵を食べることが出来、とくにその子供たちが喜んだのだ。

 

櫛挽(深谷市)にて